★今回は、コーヒー産地以外の農村の暮らしをレポートします!
■訪問地
マヌファヒ県サメ郡ベタノ村スリハサン集落
APLAとのつながり: 現地パートナーKSIが自立支援活動を行ってきたコミュニティ
■どんな場所?
マヌファヒ県サメ郡へは、ディリから車で6時間ほど。ほとんどの人はアイレウ県の中心都市であるアイレウ市(ディリから2時間ほど)を休憩地点として、その先もカーブが延々と続く山道を行くことになる。サメの町は山に近いが、ベタノ村は、そこからさらに車で1時間ほど南下した海沿いの村。小型バス(もしくはトラック)の場合、サメからベタノ村までは1人1.5ドルかかる。ベタノ村の一部には電気も通っているが、今回滞在したスリハサン集落は、村の中心地から少し離れているため、現在まで電気は通っていない。集落長によれば、スリハサン集落の人口は1125人(230世帯)だという。
■ホームステイ先
今回ホームステイをさせてもらったのは、KSIが組織した組合のリーダーであるフロリンドさん(45歳)のお宅。お連れ合いのトレジャ・テレシラさん、4人の子ども(12歳、10歳、5歳、3歳)、学校に通うために居候させている親戚の子ども2人、実の母のラウレンティナさんの合計9人で暮らしている。
フロリンドさん一家の主な収入減は、鶏、豚、牛などの家畜。現在は鶏10羽(うち雄鶏2羽)、豚10匹、牛4頭(うち子牛1頭)。サメの市場では、大きな雄鶏だと35~50ドル/羽、豚は100~150ドル/匹、牛は250~300ドル/頭(エルメラ県から買い付けに来る人には、もっと高い価格)で売れるという。フロリンドさんは、その収入で最近バイクを購入した(1100ドル/月賦)。
■家の様子
家は、bebak(ヤシの茎を釘でつないで板にしたもの)でつくられた壁と、トタン屋根。ちなみに、1999年の騒乱時に家を焼かれ、現在のトタン屋根はその後の外部からの支援によるものだと教えてくれた。家の中には、寝室が3部屋+リビングスペース。ただし、電気がなく昼間でも薄暗いので、リビングスペースはほとんど使っておらず、屋根のついたテラスにプラスチックの椅子を出して団欒することが多い。買ったばかりのバイクも昼間はテラスに置いてあり(夜は盗難防止のため、家の中に入れる)子どもたちがまたがっている姿がほほえましい。そのテラスの脇には、組合のキオス(商店)があり、トレジャさんがその運営の中心的存在になっている。
台所は母屋の裏にある別の小屋で、ヤシ葺き&土間の昔ながらの建物。この地域では、台所の建物の3分の1~半分を高床式にして、座ってくつろいだり、作業をしたりするスペースにしている家が多い。風通りもよく快適。残りは、土間で火を炊く調理スペースになっている。火を炊くのには、ここでも薪を使用しているので、料理をする時には台所の中に煙が蔓延する。
フロリンドさんの家の向かいには、非常にきれいな共同トイレ(どこかからの支援によって建てられたと思われる)があったが、わたし以外に使用している人は見かけなかったため、家の裏の茂みなどで用を足しているように思われる。ヤシの葉で囲った簡易トイレ(穴すら掘っていないので、小便のみ)がある家もあった。家から20メートルほど離れたところに近所の人たちと共同で使う水場があり(細いパイプでだいぶ離れたところにある川の水を引いてきている)、料理・食器洗い用の水はそこからポリタンクをつかって運んでくる。水浴びもその場所で行い、小さな子どもは別として、男女共に服を着たまま身体を洗っている様子を見かけた。洗濯も同じ場所で。10家族ほどが譲り合って共同で使用している。
海沿いの平地の村なので、電線を引くのはそこまで困難だとは思えないが(実際に村の中心部は一部だけ電気が通っている)、政府が地方のインフラ整備をないがしろにしているのか、電気が通るという話は一向に出てこないという。夜はアルコールランプとろうそくを使用するが、来客があるときだけは、明るさの強力な灯油ランプをつけるという。何故毎日使用しないのかと質問したところ、「灯油代がかさんで仕方ないから」との答えが返ってきた。
■食事
日常の食事は朝、昼、晩の3回。コーヒー産地と違って、朝はakar*と呼ばれるサゴヤシでんぷんに砂糖を混ぜたものをクレープのように焼いて食べることが多い。焼き方は、石のお皿のようなものに、バナナの葉っぱを置き、その上にakarを広げて、もう一枚同じ石の皿をのせると、ほんの一分程度で、しっとりとしたクレープ上になる。コーヒーと一緒にいただく。コーヒーはキオスで販売しているインドネシア産のもの(小袋1つ、5セント)。それにたっぷり砂糖を入れて飲む。揚げバナナ(バナナ入り揚げパンと言った方がいいくらい衣が厚いものもあり)を買った、家でつくったりすることもある。
昼食・夕食は基本的に、主食の白米ご飯におかずが1~2品ほど。滞在中のメニュー例は以下のとおり。ちなみに、地鶏は「お客さん」のために、家で飼っているものを、長女のオシン(12歳)たちが目の前で締めてくれた。首の部分の羽をむしってナイフを入れて血抜きし、熱湯をかけて全体の羽をむしり、内臓を抜き(胃袋以外はすべて料理に)、肉を解体。わずか20分で、鶏が「肉」になった。
【晩ごはん】
1.白米ご飯、具なしのミーゴレン、地鶏のアヤムゴレン(=味付けして揚げたもの)
2.白米ご飯、空心菜炒め、オムレツ(家で飼っている鶏の卵)、辛いピクルス
3.白米ご飯、インゲン入りミーゴレン、辛いピクルス
4.白いご飯、ハヤトウリの葉っぱの炒め物、地鶏のスープ煮こしょう風味
【昼ごはん】
1.白米ご飯、キャッサバの葉の炒め物、アヤムゴレン、辛いピクルス
2.Katupa(ヤシで包んで炊いたウコンライス、塩・Masako・ニンニクで味付け)、焼き魚(切れ目にニンニクとウコンをすり込んだもの)、空心菜炒め、辛いピクルス
3.白いご飯、空心菜炒め、焼きそば入りオムレツ、焼きそば
*akarは昔からの主食で、現在まで残っている。村には、サゴヤシの幹からakarを取り出すことで生計を立てている人がいて、ヤシの葉に包まれた形で子どもが売り歩いている様子も見かける。メロン大のもので50セント。
■KSIがサポートしている主な活動
●キオス運営
前述の通り、フロリンドさんの家に組合のキオスを併設している。販売している商品は、米(1キロずつの量り売り)、油、インスタントラーメン、調味料(塩、砂糖、ケチャップ、ソースなど)、酒・ジュース類、お菓子(ビスケット、キャンディ、チューインガムなど)石けん、シャンプー、タバコ、ろうそく、乾電池etc. 他のキオスと比べて商品ラインナップは豊富だ。商品は、主にサメの市場で仕入れてくる。
組合のキオスだが、フロリンドさんの家に併設しているので、トレジャさんが中心に運営管理している。日々の売上の記録、商品仕入れの際の領収書の保管など、かなりしっかり管理ができているのは、KSIのトレーニングの成果だといえる。売上は、日によってばらつきがあるものの、1日10ドル~30ドルくらい。
●Ikan sabokoづくり
ニンニク、トウガラシ、タマリンド、その他スパイスでつくったタレに魚(主にツナ)をつけこみ、ヤシの葉を編んだものに包んで焼いた料理。わたしの訪問直前に豪雨が続き海が荒れていた影響で、魚が獲れず、残念ながらSabokoづくりの作業を見ることはかなわなかった。
ただし、同様に編んだヤシの葉のなかに、ウコン、ニンニク、塩で味付けしたご飯を入れて炊くKatupaの作り方を習うことができた。食・住ともに、ヤシは生活になくてはならない存在。
●ヴァージンココナツオイルづくり
こちらも雨の影響でヤシが上手く集まらず、ココナツオイルを作る行程を見せてもらうことはできなかった。現在つくったオイルは売り先がKSIしかない状況なので、今後は市場開拓も必要。
■それ以外の生計手段
●沿岸漁
●akarづくり
■子どもたちの様子
ボール遊びが好きで、家の周りでサッカーかバレーボールをしている。海が近いので、砂浜でも、バレーボールしたり、走り回ったり。引き潮のときには、海藻や浅瀬の生き物(カニやウニ)採りに出かける子も多い。楽しみながらもしっかり夕ごはんのおかず集め。
スリハサン集落には小学校が全部で3つあり、子どもたちは朝8時すぎには歩いて学校に向かい、昼ころには戻ってくる。中学校は、ベタノ村の中心部にしかないので、自転車などで通う子が多いもよう。歩くと片道1時間以上かかる。
報告:野川未央(のがわ・みお)