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手わたしバナナくらぶニュース

2014年5月+6月No.224 『バナナと日本人』から30年―いま、フィリピンバナナと改めて向き合う

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『バナナと日本人』

みなさんは、『バナナと日本人』(1982年、岩波新書)をご存知ですか?APLAの前身である日本ネグロス・キャンペーン委員会(JCNC)の設立呼びかけ人でもある鶴見良行さんが、日本向けバナナの最大の供給先であるフィリピンのミンダナオ島で、多国籍企業によるバナナプランテーションが引き起こしている農薬の環境への影響、生産者の健康被害や劣悪な労働条件などを綿密に調査し、批判した本です。1980年代、この本をきっかけにして、日本の消費者や南北問題を教える教育関係者の間でプランテーションバナナに対する関心が高まりました。海外から食料を買い漁っている日本の暮らしや食の在り方を根本的に問い直す教材としても、フィリピンバナナは注目されました。
そうした時代背景にも後押しされ、バランゴンバナナの民衆交易が始まったのは1989年。飢餓と貧困にあえいでいたフィリピン・ネグロス島の人びとを支援するために、在来種であるバランゴンバナナを市民の手で消費者に届ける国際産直の仕組みとしてでした。生産者の人権侵害や産地の環境破壊につながるプランテーションの農薬漬けバナナしか選択がなかった日本の消費者の間で、安全・安心なオルタナティブとして評価されたバランゴン。その後、ネグロス島以外にも産地が広がってきました。

「バナナと日本人」の現在は?
ミンダナオ島のバランゴンバナナの産地・ツピの生産者ソレイマンさん

ミンダナオ島のバランゴンバナナの産地・ツピの生産者ソレイマンさん

ミンダナオ島のバランゴン産地の近くには、高地栽培バナナのプランテーションが開発されるようになりました。寒暖の差がある高地で栽培されるバナナは甘みが出るため、日本市場でも人気があり、そのシェアを伸ばしていることと関係があるでしょう。また、2010年には、ネグロス島にも多国籍企業のバナナプランテーションが進出し、虎視眈々と拡大する機会をうかがっています。
こうした状況が垣間見られる現在、前述の『バナナと日本人』の副題にある「フィリピン農園と食卓の間」は、どうなっているのでしょうか。APLA、オルター・トレード・ジャパン(ATJ)、オルター・トレード社(ATC)では、フィリピンバナナと私たちがどうつながっているのかを把握するため、そして改めてバランゴン民衆交易の意義と可能性を探るため、バナナ調査プロジェクトを立ち上げました。

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満員となった公開セミナー

この調査プロジェクトを広くアピールし、多くの人たちと一緒に調査、活動を進めるために、3月16日(日)に公開セミナー「『バナナと日本人』その後-私たちはいかにバナナと向き合うのか-」を開催しました。市橋秀夫さん(埼玉大学教員)からは、2014年2月に訪問したミンダナオ島での予備調査をもとに、バナナプランテーションが拡大する同島において、バランゴンバナナ交易の役割と可能性についての問題提起がありました。関根佳恵さん(立教大学教員)は、有機栽培や高地栽培バナナ、フェアトレードバナナ、環境・労働・品質・栽培方法の民間認証を受けたバナナなど、多様化するブランドバナナの中で見えづらくなっているバランゴン交易の価値を、世界的に再評価されている家族農業の視点から捉え直すという枠組みを提示しました。
このふたつの報告から見えてきたのは、30年前とほぼ同じバナナ産地と国内流通の構造です。日本の輸入バナナの90%以上をフィリピン産が占め、フィリピンのバナナの輸出先のトップは日本であるという二国間の強固な関係性は変わらず、バナナ貿易量の大部分を多国籍企業がコントロールしています。

バランゴンバナナの今日的な意義を探る
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農薬の空中散布の日時を告知する掲示板

予備調査で取材した元プランテーション労働者の話では、ノルマ達成のため翌朝まで残業するパッカー、農薬で深刻な健康被害を受けた農園労働者の事例が確認されました。また、バランゴンバナナの産地であるマキララ(北コタバト州)、レイクセブおよびツピ(コタバト州)では、付近に高地栽培バナナプランテーションが進出していました。高地栽培バナナ農園の進出によって森林破壊、水源域の汚染が拡大している現実も発生しており、80年代に鶴見さんが指摘した問題は継続していました。
国内市場に目を移すと、栽培方法、品種、社会貢献などで差別化したブランドが続々と登場し、バランゴンとの違いが見えにくくなっています。しかし、多国籍企業のブランドバナナの中には、関根さんが指摘するように認証基準を守っていない事例もあるそうです。
それでは、今日的なバランゴンバナナの意義は何でしょうか。ミンダナオ島の生産者の社会経済・文化・政治的背景は、バランゴン民衆交易の出発点、ネグロス島とは異なっています。バランゴンバナナは生産者にとって、持続的有機農業の推進といったネグロス島との共通な意義もあれば、先住民族のアイデンティティの保持、森林と水源涵養(かんよう)地域の保全、先住民族やムスリムと入植者(キリスト教徒)間の平和構築、プランテーションの進出阻止など、ミンダナオ固有の役割も予備調査では見えてきました。
今後の調査課題のひとつは、多国籍企業プランテーションの実態を明らかにすること。もうひとつは、バランゴン産地それぞれの多様性、地域性に即したバランゴン交易の意義や価値、役割を探り、確立すること。ATJ、APLA、ATCでは、日本人とフィリピン研究者による共同調査チームを立ち上げて、今後3年間で課題を検証し、明確にしていきたいと考えています。

小林和夫(こばやし・かずお/ATJ)

 

調査結果やバナナに関する情報、公開セミナーの案内は、随時ウェブサイト(http://altertrade.jp/alternatives/balangon_research)で発信していきます。また、3月16日セミナーの詳細な報告もご覧いただけます。