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手わたしバナナくらぶニュース

2015年5月+6月No.230 農地改革から30年、ネグロス島の砂糖キビ農園労働者のいま

話をしてくれたスティーブさん

話をしてくれたスティーブさん

フィリピン・ネグロス島は、19世紀半ばより砂糖キビの大農園が広がる「砂糖の島」として知られています。一部の大地主が大規模な農園を所有し、大多数の人びとは土地なし労働者として農園で働くという社会経済構造が続いてきました。1986年、ピープルズ・パワーを背景に誕生したコラソン・アキノ大統領は、包括的農地改革プログラム(CARP)を施行しました。これによって、ネグロス島の砂糖キビ農園労働者も初めて農地を手にする可能性が生まれたのです。CARPは2014年に終了(下院では期限延長を求める法案が出され審議中)しましたが、現在の状況はどうなっているのでしょうか。1980年代はじめから労働者を組織・支援する全国砂糖労働者組合(NFSW)でオルガナイザーとして、1994年以降はオルター・トレード社(ATC)の製糖工場で、農園労働者や生産者とともに長く活動してきたスティーブ・リンガホンさんにお話を聞いてみました。

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現在でもフィリピンの砂糖キビ生産の59%(2013年~14年シーズン)を占めるネグロス島。砂糖キビのモノクロップ(単作)という構造は変わっていません。ネグロスで実際に砂糖キビを生産している人は大きく二つに分けられます。農地改革によって農地の耕作権 を認められた農地改革受益者と、依然として地主のもとで働く農園労働者です。政府は、ネグロスでは農地改革対象地のうち、すでに80%が分配されたとしています。しかし、現実には受益者が耕作しているのは、そのうちの20%にも満たないと言われています。

骨抜きにされた農地改革
砂糖キビ生産者 (4)

収穫した砂糖キビをトラックに積み上げる

それは、農地の耕作権を得たものの砂糖キビや他の作物を育てる資金も技術もなく、仕方なく元の地主に貸してしまうケースが多発しているためです。CARPは農地を配分するだけで、農業生産に必要な灌漑用水などのインフラ設備、農業資金の融資、技術研修など、政府からのサービスはほとんどありません。栽培経験のある砂糖キビにしても、作付してから収穫までに1年近くかかるので、資金がなければ作付すらままならないのです。

さらに、農地改革対象地を地主が他の資本家に貸すことで、農地解放を避ける違法な行為が横行しています。対象地を貸すと、政府はその期間農地解放の手続きを一切進められません。土地を借りた資本家は、その農園で働いていた労働者ではなく、他所の土地の労働者を契約労働者として雇用します。元々の労働者は仕事を失い、他の農園で仕事を探すしかありません。また、代わりの労働者も契約労働という不安定な条件で働かざるを得ないのです。

かつては収穫シーズンとなると「サカダ」と呼ばれる大勢の季節労働者が隣のパナイ島からやってきて働いていました。しかし、今はネグロス島の労働者の通年の非正規化が進行しているのです。現在、労働組合を組織化するのは大変なことです。地主と労使関係を持つ正規労働者がいないのですから。

再び農地の寡占化が進行中

現在、ネグロスでは「第2の砂糖危機」を懸念する声が高まっています。ASEAN自由貿易協定(AFTA)により砂糖の関税が5%まで引き下げられる(2011年は38%)ため、フィリピン産砂糖は、価格で3~5割も安いタイ産の輸入砂糖に競合できないと見られています。1980年代には砂糖の国際的な価格暴落によって「砂糖危機」による飢餓が発生したネグロスで、人びとは再び深刻な危機に晒されようとしています。

ネグロス島にもバナナプランテーションがやってきた

ネグロス島にもバナナプランテーションがやってきた

さらに、多国籍企業によるバナナやパイナップルのプランテーションが進出してきていることにも危機感を感じています。砂糖キビでは生き残れないと、他の作物への転換を図りたいネグロス島の地主と、異常気象により台風が襲来するようになったミンダナオ島にあるプランテーションを分散化させリスクを小さくしたい多国籍企業の思惑が一致しているのです。一方、フィリピン政府は砂糖産業に競争力がない原因は、農地改革によって農業が小規模になってしまったことだとして、2011年から政策的に規模拡大政策(ブロック・ファーミング)を進めています。長い闘争によりようやく手にした元労働者の農地が、一部の人の手に再び集中する流れが加速しているのです。

ネグロスに産直の仕組みを!
砂糖キビを共同管理で栽培する生産者

砂糖キビを共同管理で栽培する生産者

ATCが生産するマスコバド糖の砂糖キビ生産者は、数少ない成功事例として注目されています。農地を手にして、砂糖キビを共同管理で栽培し経済的自立を遂げていること、自己決定権、そして人間としての尊厳を取り戻しているからです。しかし、マスコバド糖の国内外のフェアトレード市場は限られています。やはり、砂糖キビ単作といういびつでリスクの高い経済構造そのものが問題なのです。ATCはバランゴンバナナやマスコバド糖の民衆交易だけにとどまらず、農村では生産者とともに農産物の多様化を進め、都市では理解のある消費者の組織化を進めていくこと、そして農産物を村から都市の消費者に届ける仕組みをつくることを課題のひとつとして取り組んでいきます。

小林和夫(こばやし・かずお/ATJ)